8月28日~29日十日町・野口集落モニタリングツアー(1日目)
8月28日~29日にかけて、十日町市川西地域の野口集落モニタリングツアーに行ってきました。
今回このツアーには、まちづくり学校 のK子さんにお誘いをいただき参加しました。
野口集落は人口456名(男性222名、女性234名)で世帯数は125世帯です。
高齢化率は27.4%で私から見たらまだまだ人も多いし、若い集落で何の問題もない集落だと感じたのですが、
実は徐々に子供の数も減っており、このままでは先細りしていく状況であるそうです。
8月28日(土)
まずはロビーでオリエンテーションでした。
その後、野口集落周辺と野口集落をまわりました。
まず最初に訪れたのは光の館です。
これは大地の芸術祭 の作品で、宿泊も可能な施設です。
今回のツアーでは本当はこの光の館に宿泊という形にしようとしていたそうですが、人気があって予約がとれなかったそうです。
この見晴らしの良い景色を題材に大地の芸術祭の作品が作られていました。
この節黒城は南北朝時代に新田義貞の息子が逃げ延びて作られたお城だそうです。
その後、上野氏が本拠としてこの地域を治めるようになったそうです。
節黒城を後にして次に訪れたのは、
この観光道路の名前の由来は「観光」という名目がないと補助金が下りなかったからだそうです。
この道路は昔から交通の要所で、色々と物のやり取りがこの道を通じて行われていたそうです。
野口城跡がこの観光道路から見える丘にありました。
この丘には6月だけ草が刈られて登る事ができるそうです。
野口城跡のある丘(後の高くなっている部分)
また、この観光道路からは孫四郎という集落が見えます。
この集落には1件、3名しか人が住んでおらず、自給自足で生活しているという事でした。
その後、大原を見ました。
野口集落の人達は人口が増えると村ごと全員で別の土地に引っ越しをしてきたそうです。
この大原は水の便が悪く、なかなか開拓できなかった土地で何度もトライしては失敗してきたという繰り返しだったそうです。
土木技術が発達した昭和44年に本格的に開拓されたそうです。
その後、水はしょう公園に行きました。
トイレがおしゃれです。
水ばしょう公園の後、野口集落中心地に到着しました。
途中、立派な建物がありましたが、これは庄屋さんの家だそうです。
野口集落には庄屋があったので、結構集落の人達がまとめられていたそうです。
集落の街並み
集落開発センター付近の広場
集落開発センターです。
この集落開発センターで集落の長老たちからお話を伺いました。
この方は88歳で最初は
「私はもう頭もはっきりしてませんのであまりうまく話ができないのですが・・・」
とおっしゃっていたのですが、黒板を活用しながらとてもわかりやすくお話をして下さいました。
お話を伺った後は松葉荘に戻って夕食を取りました。
夕食は普通食と自然食を選ぶ事が出来ました。
普通食
自然食
自然食は肉・魚・化学調味料を使用しない食事です。
食事が終わった後、野口集落ではお祭りだったので、お祭りを見に行きました。
お祭りではお神輿が集落中を1件1件まわってから神社に帰っていってました。
私もお神輿を担いで行きなさいと言われましたので、担がせて頂きました。
地元の人達が出店を出しており、いい雰囲気でした。
自分が小学校の時にマンションであった子供会の夏祭りを思い出しました。
花火には1発1発提供元が誰なのかというアナウンスがありました。
地元の会社や団体、個人などから様々な大きさの花火が提供されていました。
花火が終わってしばらくしてからまた松葉荘に戻りました。
その後、風呂に入って、部屋でお酒を飲んで話をして寝ました。
かなり盛り沢山なツアーでした。

多田朋孔

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