4月12日~15日被災地の宮城県石巻市にて泥出しボランティア(その③)


4月14日の朝、JEN の石巻事務所の脇に積んであった車を見てみると、タイヤだけが取り外されていました。

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取り外されたタイヤはこちらに山積みになっていました。

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この日は前日からアポイントを取っていた民家で作業をしました。

この日の作業では部屋の片づけをしました。

この家は比較的被害は少なかったようで、津波の高さも50㎝ぐらいだったようです。

なので、テレビなど被害を受けなかった家財道具もありましたが、部屋の片づけは必要であったという状態でした。

お昼は自分達で食べ物を持参していたのですが、この家の方が「是非食べていってください」とおっしゃって聞かなかったので、ありがたく御馳走になりました。

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黒米ご飯(右)とほうれん草のおひたし(真ん中)とくずかけ(左)を頂きました。

くずかけは東北の食べ物だそうです。

この家では震災当日はお通夜の真っ最中だったそうです。

3月9日におばあちゃんが亡くなり、11日にお通夜をしていたそうです。

お通夜の最中に地震が起こり、普通だったら津波の心配をしないはずの旦那さんが「逃げろ!」と言って逃げたそうです。

「これもおばあちゃんが逃げろと言ってくれたのかもしれません。」とこの家の方はおっしゃいました。

9日に亡くなったおばあちゃんは足腰が悪く寝たきりだったそうです。

もしも、このおばあちゃんが9日に亡くならず、生きていたとしたら、津波が襲ってきた時に抱きかかえて逃げる事ができたのか、運びきれず、全員巻き添えになって死んでしまったのか、はたまたおばあちゃんだけを見殺しにせざるを得なかったのかと思わず考えてしまいました。

最後に家の方も一緒に写真を撮っていただきました。

(右から2番目がこの家の方です。)
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午後からの作業では、この家の壁の掃除をした後、石巻市立女子商業高等学校 の自転車置き場の掃除をしました。

スコップを用いて人力でゴミを大きな土嚢袋に入れ、

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什器でつるしあげてダンプに積み込みました。

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この日は時間が来たので、この自転車置き場での作業は途中で終了しました。

帰りはM田さんの車に乗せていってもらって帰りました。

その際に、海沿いの道を通り、被害の状況を詳しく見て回りました。
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石巻市には沢山の工場があり、それらの工場が壊滅したため、経済的にも様々な余波があるそうです。

日本製紙が全然だめになったため、雑誌の会社が紙の調達が出来なくなり、被害を受けたり、車の部品のネジを作っている会社があるため、トヨタとかホンダとかが車を作れなくなり、被害を受けたりしているそうです。

一つの場所に集中させすぎるというのはこういった時にリスクがあるのだという事がよくわかりました。

今回の震災では、直接的な被害もそうですが、これまでの社会や経済のあり方に関しても色々と考えさせられると思いました。

【その①~④までのリンク】

その① http://ameblo.jp/tomoyoshi-tada/entry-10883562579.html
その② http://ameblo.jp/tomoyoshi-tada/entry-10883913770.html
その③ http://ameblo.jp/tomoyoshi-tada/entry-10884031521.html
その④ http://ameblo.jp/tomoyoshi-tada/entry-10884059698.html

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多田朋孔

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自然に囲まれながら、半分自給自足に挑戦しています
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