池谷・入山集落の概要(2011年6月時点)


池谷・入山集落は高度経済成長の流れによって全国各地の農村同様、過疎化がどんどん進展してきました。

昭和30年代には池谷集落37世帯、入山集落15世帯が住んでいましたが、平成元年には入山集落は廃村、池谷集落も2004年の中越地震直前には8世帯にまで人口が減っていました。
2004年10月23日の中越地震をきっかけに2世帯が集落を離れ、6世帯にまで減ってしまいました。残った集落の人達も「もう村をたたむしかない」とあきらめかけていましたが、中越地震以降、様々な団体(JEN棚田ネットワークまちづくり学校中越防災安全推進機構 等)や企業、個人からの支援を受け、6年間でのべ2000名を超えるボランティアが集落を訪れるようになりました。
そのような中、地元住民主体で立ち上げた任意団体「十日町市地域おこし実行委員会 」がボランティアの受け入れ団体として震災復興の活動を行うようになりました。
震災復興が落ち着いてくると、その後は「集落の存続」を目標として、下記4つをテーマに地域おこしの活動を行って来ました。
 ・中山間地での営農生計の確立(米の直販・その他)
 ・後継者の育成・受入れ環境整備
 ・耕地・山林の維持・整備(中山間地機能維持)
 ・日本全体の問題(限界集落・食糧・環境)への挑戦
こうした活動を続ける中で、2010年に私達一家3名が移住、2011年には2名の女性(かなやん さん、Dammy さん)が移住してくるなど、後継者候補が増えてまいりました。
現在では後継者候補がずっと住み続けられるようにするための仕組みを構築するのに頑張っています。

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多田朋孔

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自然に囲まれながら、半分自給自足に挑戦しています
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